ヒトラー、突如現代によみがえる
本作がすごいのは、序盤「もしヒトラーが現代によみがえったら」といういわば「ネタ」を用い、コメディタッチで物語が進むのにもかかわらず、ある瞬間から、「あれ、これはひょっとして笑えないのかも」と思わされる点だ。
Q:現代人がヒトラーと出会ったら? A:「自撮り」する。
物語中盤、ヒトラーは相棒のTVディレクターを伴って、ドイツ国内を旅するのだが、この場面は突如としてドキュメンタリーとなる。ドイツの一般人や、極右政党、ネオナチなどにヒトラーが突撃取材する、そこだけ突然「全編アドリブ」。
ヒトラーに対してあからさまな嫌悪感を示す人もいれば、反対にカメラが回っているのにもかかわらず移民に対する差別的感情を隠そうともしない人もいて、その反応は様々。だが、多くの人は、ヒトラーを見て笑顔になり、スマホ片手に「2ショット自撮り」をしたがる。気持ちはわからないでもない。しかし、映画が進むにつれ、徐々にその無邪気さが恐ろしく思えてくる。
「もちろん、僕を激しく非難する女性もいた。それは健全なことだと思ったよ。『恐ろしいわ』と言う黒人女性もいた。(中略)僕が役者だということを完全に忘れている人たちもいた。真剣に話しかけてきた彼らの会話から、彼らがいかに騙されやすいか、いかに歴史から学んでいないかがわかったよ。」劇中でヒトラーになりきった主演のオリヴァー・マスッチはそう語る。
ヒトラーを笑い飛ばす初めてのドイツ映画
「ヒトラーを題材にしたすべてのコメディ映画が自動的に笑えるわけではない。大切なのは、ヒトラーの行為や犠牲者たちを笑いの種にしてはいけないということだ。しかし、ヒトラーを常にモンスターとして描くと、民衆が負うべき責任を軽んじることになる。(中略)自ら進んでヒトラーに投票する民衆がいなければ、彼が政権を握ることはなかったはずだ。」(デヴィッド・ヴェンド監督)
もちろんこれはドイツの話だ。しかし、先の見えない不安の中で、強い言葉で明確な理念を示す人物に熱狂してしまうのは、きっとどこの国でも同じはず。無論、僕ら日本人も例外ではなかろう。実際、日本での試写後に行われた「あなたは“彼”(=ヒトラー)を支持しますか?」というアンケートに、25%の人が「支持する」と回答したという。え、ちょっと、ヤバくないですかね。
原作小説が200万部を売り上げ、映画も第一位を獲得したという本作、必見と言っていい作品だ。
『帰ってきたヒトラー』
2016年6月TOHOシネマズ シャンテ他全国順次ロードショー
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