世界を制し、日本にゴルフブームをもたらした。

1957年、霞が関CCで開催されたカナダカップ(のちのワールドカップ)に小野光一とコンビで出場し、見事団体優勝。中村は個人優勝も果たし、これが日本に本格的なゴルフブームを巻き起こすきっかけとなった。後に女子プロ界の女王となる樋口久子をイチから育て上げたことでも知られる、まさに日本ゴルフの父といえる存在だ。

158センチと小柄な体で世界と戦った“寅さん”。そのスウィング哲学を名言で振り返ってみよう。

格好なんて気にするない。格好気にし始めたら、上達はそこで止まっちまうよ。

写真を見ても分かる通り、その「二段モーションスウィング」は決して美しいものではないかもしれない。しかし、それは血のにじむ努力でつかんだ最強のスウィングだったのだ。

腕前は一流たれ。しかし練習するのは三流コースがよい。

コース整備もままなっていない三流コース。その劣悪な環境のほうが練習には役立つ。これが“寅さん”の口ぐせだった。

ところでTUG読者に質問。

中村寅吉さんって、知ってました?

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中村寅吉(なかむら・とらきち、1915~2008年)

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